*Hang On The Box story 1998 - 2003 and Beijing punk back ground*


2000 Nov.11 with Hang On The Box in front of the Scream Club.
 2000年11月に初めて北京を訪れた時、Hang On The Boxのメンバーがまず最初に連れて行ってくれたのは海賊盤屋と打口帯(キズものの輸入盤CD/レコード)の店が集まっている五道口のストリートだった。こことインターネットが彼女たちの音楽情報源だ。この通りを抜けきったところに、北京パンク発祥のライブハウスSCREAM CLUBだった建物があった。すでにオーナーも店の名前もかわっていたが、当時をしのばせるバンド名のなぐり書きが壁に残っていた。1998年4月に中国初のアンダーグラウンド音楽専門のライブハウスとしてオープンしたSCREAM CLUBは、またたく間にRANCID,N.O.F.Xなどの西海岸パンクとそのライフスタイルに憧れるパンクスと、世界中から集まってきている若いジャーナリストや留学生達の溜まり場になり、中国の音楽やファッションに影響を与える情報発信基地になっていった。


1998 Sep.16th Wang Yue at Scream Club
Photo by:YIREN/China Rock Data base
 この北京パンク元年の夏に、高校の同級生だったワンユエとイリナは海賊盤屋でもらいたばこ目的で話しかけてきたヤンファンとHang On The Boxを結成する。(バンド名に意味はないが、モンゴル民族のイリナが夢の中で、バンドを組むなら挂在盒子上楽隊と名づけるように神のお告げを受けたらしい。)ライブはおろか一回の練習すらしたことがないのに、このアンダーグランドパンクの聖地で自分達が北京唯一のガールズパンクであることを宣言し、演奏のヘタさ(できなさ)と相反するそのパンク的な態度で、失笑と罵声と野次を浴びながらライブデビューを果たした。この時彼女達は、「女子の面子 -メンツ-」にかけて「男にはできないかっこいいバンド」になることを決意したそうだ。結成当時のHang On The Boxはワンユエがギターヴォーカルで、イリナがベースそして、ヤンファンがドラムをたたいていて、99年に最年少メンバーで当時16才のシェンジンがドラマーとして正式に加入した。

1998 Yilina , Yang Fang and Wang Yue.

SCREAM CLUBが営業していたのはわずか1年足らずの間だったが、多くの一人っ子政策第1世代のバンドを世に送り出した。その代表格は文化大革命的なハードコアの69, 扇情的なOi-PunkのAnarchy Boys, メロコアのReflector, スカパンクのBrain Failureだ。自分達を退屈な楽園(=北京)の負け犬と歌にし、今を楽しく生きることをテーマにライブに夢中になっていた彼等は「無聊軍隊/WULIAO (退屈の意)CONTINGENT」と呼ばれ、ここに集まる若者達の総称となったそうだ。
Scream Club閉鎖後、オーナーだった呂波氏はパンクレーベルScream Recordsを設立。「無聊軍隊」というタイトルでこの4バンドの2枚組オムニバスCDを1999年8月に発売する。アンダーグランドだった北京パンクとこの4バンドの名前は中国全土に広まり、世界中に紹介され、80年代から90年代初期まで全盛だったハードロック中心の北京ロックの流れと若者のスタイルをパンク一色にぬりかえてしまった。
"Wuliao Contingent"/V.A.

 北京パンクを世界に知らしめた伝説のヒーロー達は現在まだ20代前半。中でもでBrain FailureのリーダーのXiao Rongは常に北京パンクの象徴としてシーンを牽引し続ける最重要人物。98年に男子パンクバンドとの決別を誓った可愛い反逆者、Hang On The Boxも孤高の活動を続けながら、(私は言わせてもらうと、彼女たちがいずれ白鳥になることを他のアヒル達が知らないだけ)北京ニューウエーブとも呼べる独自のサウンドスタイルを確立し、世界に飛び出した。一番最初に日本でアルバムを出してツアー(Wild Wacky Party Asia)をする契約をした時、Wang Yueが泣いたのは今でも鮮明に覚えている。その時に計画したとおり2003年にはアメリカツアー(Beijing Invation:Jet Set tour 03)も実現させたし,この10月にはヨーロッパ用に編集したアルバムがイギリスのCherry Redから発売になる。


Hang On The Box
Europe debut CD
For Every Punk Bitch & Arsehole


 私が見る限り、彼女たちに出会った時も、3年経った現在も、北京パンクシーンの数あるバンドの中でHang On The Boxがもっとも発想や態度がパンク的なバンドだ。男尊女卑な思想が根強い中国で、ガールズバンドを結成し、活動することがいかに過酷な状況だったのか、世界一のガールズパラダイスである日本で生まれ育った私が想像することができないが、彼女たちのわがままだけど、たくましいツッパった生き方、音楽に対する貪欲な姿勢と彼女たちが作り出すサウンドは、Wang Yueの女の子ならではの感性に溢れた歌詞は私を魅了するし、たくさんのエネルギーをもらっている。Hang On The Boxは北京在住のバンドでありながら、東京がヘッドクォーター(マネージメントとレコード会社)。そして活躍の場は全世界を目指している。





-September 4th 2003 - Audrey Kimura / BENTEN Label